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8. 稚内を経て再び旭川

旅行日:2001年8月23日

宗谷本線2(音威子府 → 稚内)

乗車中の普通列車は、“特急サロベツ号”との行き違いのため雄信内(おのっぷない)駅に停車。 周辺は何もありませんでした(^^)

(写真:雄信内) (写真:特急サロベツ) (写真:特急サロベツと普通列車)

そして、数時間の長旅の末、ようやく稚内駅です。とうとうここまでやって来ました。 日本最北駅の行き止まり線です。つまり、これが日本の最も北の線路ということになります。

(写真:稚内) (写真:北の端・線路) (写真:稚内は日本で最も北の駅)

「線路は続くよ どこまでも」……ここから先は続いてません。 この後コンビニへ行き、その日の夕食を購入します。

(写真:イワシ front of 稚内駅) (写真:稚内駅)

稚内駅をはじめ、日本の端の駅に関しては彷徨猫旅記録というサイトの日本の端というページで紹介されています。

あぁ、恥ずかしい・・・(稚内→幌延)

稚内駅で列車に乗車。 さほど混雑していないので、最も見晴らしのいい席で、先ほどコンビニで購入した弁当を広げる。

宗谷本線・普通、 稚内17:14 ⇒ 音威子府19:41着20:31発 ⇒ 名寄21:28

南稚内停車と共に、相当な数の乗客が!!

急に弁当を閉じることもできず、人目にさらされた状態での弁当となってしまった…

2本の線路から(幌延 → 音威子府)

食事を終え、常に携帯しているキシリトールガムをかみ終わったところで、眠気が襲う。 次に起きたときには、あれだけたくさんの高校生が乗っていた列車も、僕を含めてたった3人だけの乗客となった。 が、その内の一人、高校生くらいの女の子は問寒別で下車。

乗客もほとんどいない随分寂しい列車は夜の山間を抜ける。 途中の佐久駅で乗車して来たのは、彼氏のところへ遊びに行っていたと思われる女の子。 「また携帯で連絡するからね」と言って別れたその女の子は、次の筬島で下車(といっても、一駅が相当な距離ある)。

筬島で、入れ替わり乗車してきたのは、若い母子であった。 お嬢は非常に元気で、次の音威子府に到着するまで元気であった。 こうやって、一人乗っては降り、また一人乗っては降りるのを見ていると、2本の線路が人と人を繋ぎ、そして生活を繋いでいる、と思うとなんだか不思議でもある。

闇夜の中から出る友(音威子府 → 旭川)

音威子府に到着し、先の母子は闇の中消えていった。 駅はすでに改札が終了しており、無人駅となっていた。 来るときにはあれだけ賑やかだったおしゃれな駅には、薄暗く灯りがついており、50分間の普通電車停車時間中、寂しい駅の中で列車を待つことにした。

しばらくして、もう一人の乗客だったお兄さんも駅に入ってくる。 僕とその唯一の乗客だった彼は、お互い暇なので、どちらからともなく話始める。

彼の名はU村君。 18きっぷ+αを利用して北海道へ来たそうだ。 フェリーに自転車を乗せ、その自転車は苫小牧で放置しているらしい。 話をしてみると、旭川を目指していて、その後富良野へ行くとのこと。

携帯の番号とメールアドレスを交換。旭川まで彼と話しながら移動。 2日ぶりの会話らしい会話ができたことは、おしゃべりな僕にはたまらなく嬉しかった

音威子府駅でしばらく座って列車を待っていると、暗闇の中からおじいさんが一人入って来た。 そのおじいさんも交えて3人で話が盛り上がる。

しばらくして、おじいさんは逆方向(稚内行き)特急が来たのでそれに乗車していった。 僕とU村君も、列車に乗車し発車を待つ。

宗谷本線・普通、名寄21:36 ⇒ 旭川23:09

旭川に到着後、彼と別れ、僕は宿の方へ。 U村君は旭川のバス待合室と駅待合室で一晩過し、朝一番の富良野方面行き列車に乗ると言っていた。

旭川グリーンホテル別館(宿泊)
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